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> まず、制約のあるこの世界だからこそ、”愛する”ことができるのではないかということ。
> (つまり、愛する”喜び”と”死”という限界線は、切り離せない。)
> そして、有限のなかにしか存在できないその喜びを永遠に共有するために、霊界が必要だった。ということです。
私もそう思います。
神様は永遠の愛の世界を願ったのですが、その愛を育むには地上世界が必要ですよね。
また、もし肉体の死がなかったとしたら、地上世界は今の何万倍もの人口で溢れていて、食料にも困っていたことでしょう。
死があることによって、無限の人々が等しく自然の恵沢に浴することができるので、肉体の死も神様の愛ゆえにあると思います。
毎年春になると、桜の花が満開になります。私たちが見上げる桜の花を、千年前の歌人も同じように見上げて感動していたことを思い浮かべると、神様の愛は実に永遠で変わりなく公平であるなあと、つくづく感じさせられます。
実際、肉体の死というものは遺伝子に「プログラム」されているもので、神様が意図的にそのようにされたことがわかります。
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