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「血統転換理論」の矛盾

 投稿者:ミューズ  投稿日:2013年 9月19日(木)14時46分55秒
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  統一教会で言うところの「血統」および「血統転換」の概念について考察します。

こちらの一連のブログ記事(いずれもhitosato氏のブログ)の中で、堕落論および血統転換理論の問題点(自己矛盾性)が指摘されています。

http://blogs.yahoo.co.jp/yondewanaranai/9977350.html
http://blogs.yahoo.co.jp/yondewanaranai/9982230.html
http://blogs.yahoo.co.jp/yondewanaranai/9994220.html


hitosato氏の論法をベースに私見を若干補足した内容を箇条書きにすると、以下のようになります。

1)統一教会で言うところの血統には、「生物的血統」と「精神的文化的血統」という2つの概念が含まれる。

2)統一教会で言うところの「神の血統」とか「サタンの血統」は、精神的文化的血統を意味する。なぜなら、神も天使長も遺伝情報(DNA)を持たないため、生物的血統を残すことはできないからである。

3)天使長がエバと性関係を結んだとしても、天使長からエバに精神的要素が遺伝情報として伝わることはあり得ない。もちろん、その後、エバがアダムと性関係を結んだとしても、エバからアダムに遺伝情報が伝わることもあり得ない。なぜなら、遺伝情報は、夫婦となった両親から子供に対してのみ受け継がれるべき性質のものだからである。

4)感応遺伝(テレゴニー)は前近代的な非科学的迷信に過ぎず、よって、天使長(サタン)の精神的要素が、アダムとエバの子孫に受け継がれるということはあり得ない。したがって、生物的意味においても、また、精神的文化的意味においても、「サタンの血統」なる概念を認める余地はない。

5)血統を「生物的血統」と捉える限り、遺伝学的に見て「血統転換」は不可能である。但し、血統を「精神的文化的血統」と捉える限りにおいては、血統転換の概念を認める余地がある。(但し、その場合は、むしろ「宗教的回心」と称すべきであって、あえて、血統転換なる用語を用いる必要はない)

6)血統転換を「精神的文化的血統転換(心情転換)」と捉えた場合、統一教会における血統転換の儀式(三日行事)は不要である。なぜなら、三日行事を行っても”心情転換ないし回心”(サタンの子から神の子となったという自覚)が起きるとは限らず、逆に、三日行事を行わなくとも心情転換ないし回心は起こり得るからである。すなわち、三日行事と心情転換(回心)とは全く無関係である。

7)統一教会において、性行為を伴う血統転換の儀式(三日行事)が行われてきた根拠は、かつて行われた文鮮明教祖による「血分け行為」にある。そして、サタン側から神側への「生物的血統転換」の必要性を説く「血分け理論」は、文教祖と女性信者達との性関係(血分け行為)を正当化するための詭弁に過ぎない。

8)しかし、前述の通り、生物的血統転換は遺伝学的に見て不可能であるため、血統転換理論は自己矛盾そのものであり、よって、三日行事による血統転換を認める根拠は全く存在しない。

9)したがって、自己矛盾そのものである血統転換理論に基づき、宗教的・神学的に全く無意味な祝福行事を執り行ってきた文鮮明、韓鶴子両氏が、「人類の真の父母」であることなど金輪際あり得ない。
 
 
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